金沢地方裁判所 昭和49年(わ)258号 判決 1975年3月10日
被告人 大島清
昭二五・五・一七生 会社員
主文
被告人を懲役五年に処する。
未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。
押収してあるオリンパスペンカメラ(黒皮ケース付)一台(昭和四九年押第七八号の七)およびオリンパスペン用フラツシユガン(黒ビニールケース付)一個(同号の八)は被害者瀬戸房江に、ブルー色系カツターシヤツ一枚(同号の九)は被害者島田豪に、赤色系ズボン一本(同号の一〇)は被害者白石和博にそれぞれ還付する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一、昭和四九年一〇月三一日午前零時三〇分ころ、石川県石川郡野々市町御経塚一〇八〇の一番地、喫茶店「フランデー」(有田誠一経営)の裏側出入口扉の施錠をはずして、同所から屋内に侵入し、裏側六畳間に置いてあつた島田豪所有のブルー色系カツターシヤツ一枚(昭和四九年押第七八号の九時)(時価約一、三〇〇円相当)および白石和博所有の赤色系ズボン一本(同号の一〇)(時価約二、〇〇〇円相当)を窃取した。
第二、同年一一月七日午前三時三〇分ころ、強姦の目的で、金沢市新保本町二丁目ロ一三七番地浅香ハイホーム五号室の米田慶子(当二二年)方浴室の高窓から屋内に入つて裏六畳の同女の寝室に至り、もつて人の住居に侵入した。
第三、以前面識のあつた瀬戸房江(当二三年)を強姦しようと企て、同日午前四時ころ、同市西金沢三丁目六二番三号、岡田アパート二階五号室の同女方奥六畳の間において、同女に対し、台所から持ち出した包丁(同号の一)を突きつけて、「声を出すな。騒ぐと殺すぞ。」と脅迫したうえ、いきなり同女の口を平手で押さえつけ、その際同女から指をかまれるや、同女の口の中にハンカチ(同号の五)を押し込み、タオル(同号の三)で目隠しをし、さらにスカート、ウエスト布地(同号の四)で両手首を縛りあげるなどの暴行を加えて同女の反抗を抑圧し、その場で同女を強いて姦淫し、さらに、同女から指をかまれて傷を負つたことに立腹して、同女から金品を強取しようと考え、前記のような暴行、脅迫により極度の畏怖状態にある同女に対し、「金はどこにある。」と脅迫し同女をして金のありかを、指示させたうえ、同室の三面鏡の抽出の中から同女所有の現金八、〇〇〇円、オリンパスペンカメラ(黒皮ケース付)一台(同号の七)(時価約一万円相当)およびオリンパスペン用フラツシユガン(黒ビニールケース付)一個(同号の八)(時価約一、〇〇〇円相当)を強取し、その後、再び劣情を催して、同女の上に馬乗りとなり、同女を強いて姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたためその目的を遂げなかつた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為中、住居侵入の点は刑法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗の点は刑法二三五条に、判示第二の所為は同法一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第三の所為中、強姦の点は刑法一七七条前段に、強盗強姦未遂の点は同法二四三条、二四一条前段に各該当するが、判示第一の住居侵入と窃盗との間には手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により一罪として重い窃盗罪の刑で処断することとし、また、判示第三の強姦と強盗強姦未遂とは混合した包括一罪と解すべく、同法一〇条により重い強盗強姦未遂罪の刑で処断することとし、判示第二の罪につき所定刑中懲役刑を、判示第三の強盗強姦未遂罪につき所定刑中有期懲役刑をそれぞれ選択し、右の判示第三の罪中、強盗強姦の点は未遂であるから、同法四三条本文、六八条三号により法律上の減軽をし、(ただし、第三の罪の刑の長期は強姦罪のそれによるものと解する。思うに、強姦については減軽事由がないばかりか、強盗強姦未遂と包括的に評価されるがために、却つて処断刑の範囲が軽くなることは不合理だからである。)、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役五年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中九〇日を右の刑に算入し、押収してあるオリンパスペンカメラ(黒皮ケース付)一台(昭和四九年押第七八号の七)およびオリンパスペン用フラツシユガン(黒ビニールケース付)一個(同号の八)は判示第三の強盗強姦未遂罪の、ブルー色系カツターシヤツ一枚(同号の九)と赤色系ズボン一本(同号の一〇)とはいずれも判示第一の窃盗罪の賍物で、被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項により、主文第三項記載のとおり、それぞれ被害者に還付することとする。
(擬律に関する判断)
判示第三の所為に対する擬律につき、検察官は強盗強姦既遂罪の一罪として、弁護人は強姦罪と強盗罪の併合罪として処断すべきであると主張するので、当裁判所の見解を示すことにする。
判示認定のとおり、被告人は、強姦の目的で、被害者瀬戸房江に対し暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧したうえ同女を強いて姦淫し、その後強盗の犯意を生じて財物を強取し、さらに再度同女を強姦しようとしてその目的を遂げなかつたものであつて、被告人の所為は一応強姦既遂罪および強盗強姦未遂罪に該当することになる。
この点につき、弁護人は、本件では被告人が被害者に対して強盗の犯意による暴行、脅迫を加えていないので、強盗強姦罪の成立要件を欠くと主張しているが、本件のように強姦目的とはいえ自己の行つた暴行、脅迫およびそれに引き続く姦淫行為自体により極度の畏怖状態にある被害者に対して、「金はどこにあるか。」と申し向ける行為は、もし被害者の方で被告人の要求に応じないときはさらにどのような危害を加えられるかもしれないという新たな恐怖心を起させられるものであるから、それ自体優に強盗罪の成立に必要な脅迫行為を構成するものと解すべく、そうすると、本件では、強盗の犯意をもつて脅迫を加えたことになるから、強盗犯人が、強盗の機会において、婦女を強姦しようとしてその目的を遂げなかつた場合として、強盗強姦未遂罪が成立することは当然であろう。
そこで問題は、強姦既遂罪と強盗強姦未遂罪との関係をどう考えるかであるが、この点に関しては一応次の諸説が考えられるので順次検討を加えることにする。
まず、併合罪説であるが、この考え方は婦女を強姦した者が姦淫終了後強盗の犯意を生じ、同女の畏怖に乗じて金品を強取した場合には強姦罪と強盗罪の併合罪とする判例通説を前提とするものではあるが、強姦罪も強盗強姦罪も被害者の性的自由を害する罪であり、ただ後者は強盗犯人が婦女を強姦するという犯罪類型が多くあり、またその行為の悪質性に鑑みて強盗致傷罪と同等の刑罰を科すべきものとしたにすぎず、その罪質は共通なものといえること、しかも本件では、被告人が被害者方へ行つたのは強姦が目的であり、強盗の犯意は被害からたまたま指をかまれたことがきつかけで生じたもので、強盗行為後も最初の強姦の犯意が継続していたものとみられること、最初の強姦既遂行為と財物奪取後の姦淫未遂行為とは被害者の寝室において、約一時間の間に引き続いて行われたものであることなど考え合わせると、本件のような同一機会に同一の被害者に加えられた一連の行為を分断することは不合理だといわねばならない。
そこで、以上を包括的に評価して一罪と考える説がでてくるわけであるが、この点に関しても、検察官主張のように強盗強姦の既遂とするものと、強盗強姦の未遂とするものとが一応考えられる。
しかしながら、前説は、強盗犯人の身分取得を最初の強姦既遂行為の時に遡及させるため、科刑の面で被告人に極めて不利益な結果をもたらすことになつて、直ちに賛成しがたく、また後説も最初の強姦既遂行為を十分に評価できないうらみがある。
そこで、当裁判所としては、以上の検討を踏まえたうえで、被告人の判示第三の所為は、強盗既遂罪と強盗強姦未遂罪との混合した包括一罪とし、刑法一〇条により重い強盗強姦未遂罪の刑で処断するという考え方をとつた次第である。(なお、検察官引用の判例は、強姦既遂罪と強盗強姦既遂罪とが成立する事案において、これを強盗強姦既遂罪の包括一罪として処断するというものであつて、本件とは事案を異にする。)
(量刑の事情)
被告人は、職場での人間関係に円滑を欠く点があつたため、精神的に不安定な状態にあつたところ、昭和四九年一〇月ごろに至つて、将来を約束した女性との結婚話が破談となり、そのために自暴自棄となつて本件犯行を敢行したもので、未だ若年の被告人にとつて失恋などの痛手が決つして小さくないであろうことは推測に難くないが、だからといつて、本件のような犯行が正当化される理由とはなし難く、その動機において同情の余地は少い。
次に犯行の態様の点について検討するに、判示第一の罪については、付近にあつたバールを窃取したうえ、それを使用してドアを突き破り、施錠をはずして屋内に侵入している点、判示第二の罪についても、深夜の午前三時ごろ姦淫の目的で浴室の高窓から屋内に侵入し、ガラス引戸の敷居に水をまいて音をたてないようにしたうえ、奥六畳の間の寝室にまで至つている点、判示第三の罪についても、判示認定のとおり、執拗な暴行脅迫行為を加えて被害者の反抗を抑圧して姦淫したのち、現金やカメラなどを強取し、さらに陰毛を剃去したうえ、再度姦淫行為に出た点などその態様は悪質であり、自己の獣欲を遂けんがためには手段を選ばない被告人の反社会的人格態度に対しては厳粛な法的責任が課せられなければならない。また本件第二、第三の犯行は深夜における連続的な通り魔的犯行であるところから社会一般の人々に与えた不安感にも無視しがたいものがある。ことに、被害者は未だ独身の年若き女性であつて、深夜寝室を襲われて一時間余りにわたつて暴行を受けたその屈辱と無念、精神的苦痛に思いを至すときは、被告人の罪責は重大であるといわねばならない。
しかしながら、反面においては、窃盗の被害は軽微であつて、一点につき五、〇〇〇円の被害弁償がなされていること、米田慶子方への侵入の点についても、幸いにして実害がなく、また一〇万円の被害弁償がなされて、被害者も宥怨の意思を表明していること、瀬戸房江に対しても、同女から宥怨の意思表示はないものの、一〇〇万円という相当高額の見舞金が支払われていること、被告人にはこれまでに道路交通法違反で罰金に処せられたことが一回あるだけで特段の前科前歴はないこと、本件犯行についても、これを反省して、更生を誓つていること、被告人の両親、兄弟が協力して被告人の監督を約していることなどの被告人に有利な事情を十分に斟酌、本件犯行の動機、態様、結果、社会的影響、被害弁償、被告人の経歴、犯行後の情状その他本件審理に表れた一切の事情を総合して、被告人に対しては、懲役五年の刑が相当であると考えた次第である。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 河合長志 高橋省吾 高柳輝雄)